要介護高齢者の口腔ケア
花粉も峠を越えて、若葉の緑のまぶしい季節となりました。父の住んでおります群馬県榛名の家の前にも杉林があり、かなり長いこと花粉が舞っていました。先日行きましたら、少し前まで花粉で茶色かったその杉林にも黄緑色の若芽が出てきていました。幸い我が家には花粉症はおりませんで助かりましたが、今年の花粉の量は例年になく凄いものでした。現在父は、この榛名の自宅で一人暮らしをしております。母は、5年前に脳梗塞で倒れ自宅での介護は難しい状況で、車で5分ほどの所にあるケアハウスにお世話になっております。兄と交互に父の食料調達方々、母のところにもちょくちょく様子を見に行きますが、いつも優しくお世話くださっている施設の方々には、本当に感謝しております。左脳の梗塞のために右半身が麻痺し、言葉がうまく話せない状態をとても良くケアしてくださっています。おかげで食事も普通に食べられ、私たちも行く時には母の好物を何か一品こしらえて持って行き、食べてもらうのが楽しみです。
要介護の高齢者にとって食事を美味しく食べられる事が、どんなに楽しみなことなのか、母を見ていて痛感します。食事を美味しく頂くためにも口腔ケアがとても重要な事なのです。そしてそのケアには家族や施設の人などの手が頼りになります。なんでも自分でできる健康な人でも、自分の歯をしっかり磨くのは結構根気のいることですから、人の口の中をお掃除するのは大変難しく手間のかかることです。ですから始めは、歯科医に相談してコツをつかんでから実際に行うようにしましょう。あたり前の事ですが,口腔内は一人一人異なった環境にあります。それだけではなく当然、全身状態や、性格も違います。ですから口腔ケアの方法も一人一人全く違うといって過言ではないでしょう。しかし目的は同じで、目標に最短距離で到達できるよう手助けするのが、歯科医の役割で、そのメニュ―に従って一緒にトレーニングしてくれるのが、歯科衛生士の役割です。
日本で介護保険制度が始まって、この4月でちょうど5年が経過しました。私は、中央区にある歯科医師会の理事をしておりますので、制度が始まる前の平成9年から、中央区に於ける介護保健サービスのあり方をいろいろな方面の方々と検討させて頂いております。区内の特別養護老人ホームにおける入所者の口腔内環境の実態を調査したり、試行の段階から介護度の認定審査委員会に参加したりするうちに、当初は漠然としていた介護の様子が私の頭の中で徐々に具体的な形になってまいりました。しかし、実際に介護をする現場では、なすべき事があまりにも多くありすぎて的確な口腔ケアにまで手がまわらないのが実情でした。当時の口腔ケアに関して、施設に於いては職員の、在宅に於いては家族やヘルパーさんの自主性にたよっておりました。その頃は、我々がどんなに訴えても、理解はされても制度には組み込めないという状況でした。それは、過去における歯科医の介護への係わり方に大いに問題があったことは否定できません。私を含めて、歯科医は、ほとんど往診をしたことがなかったからです。歯科は、往診するのにも、たくさんの道具、機械を持参しなければ何も出来ない分野ですから、介護の現場では村八分的なところがあったのです。しかし現在では、遅ればせながら日本歯科医師会を中心に口腔ケアの重要性を訴えつづけた事で、コンパクトな歯科往診機械が作られたり、いろいろな種類の口腔ケア商品の開発もされてきました。歯科医自身の意識改革も起こり、今では歯科訪問診療はあたり前の事となりました。もちろん片山歯科医院でも対応しております。
そんな中で国は、6年目を迎えた介護保険制度の大幅な見直しをしています。その中心は、要介護高齢者を増やさないためにはどうすべきかという事です。言い換えれば、現在介護認定審査会で、自立、あるいは要支援と判定された人がこれ以上の介護度に移行しないための努力をする方法を考えようとするものです。こうして出来上がったのが介護予防と言う考え方です。この考えでは、生活習慣病の予防に加えて、危険な老化の予防をしようというものです。そこで「おたっしゃ21」という21項目の介護予防健診が実施され、生活機能、転倒骨折、尿失禁、認知症、うつ、低栄養、口腔機能低下などを予防しようとするものです。ここでようやく介護予防の効果が期待できるサービスとして、運動器の機能向上、栄養改善、口腔機能低下予防の3本柱が決められ、口腔ケアがいかに重要であるかが示されました。来年度から始まるこれらの介護予防サービスが全ての方に提供できるよう現在準備をしております。具体的には、介護をしている方たちに対して、なぜ口腔ケアが重要なのかから始まって、歯磨き講習や摂食嚥下の機能訓練方法まで歯科医師会と中央区で勉強会を実施しています。
今年に入ってから2月、3月、4月とこのコラムで歯磨きの大切さや、口腔内細菌のことについて書きましたのでよくお分かりかとは思いますが、口腔ケアをいい加減にしていると摂食嚥下機能が低下してしまったときに、誤嚥性肺炎など思わぬ病気を引き起こす原因にもなります。また食事をとろうとしなくなってしまった方が、機能的に嚥下できなくなったのか、歯や歯茎が痛くて、あるいは義歯が合わなくて食事を諦めてしまったのかを調べるのも、どんな食形態のものならば食べられるのかを判断するのも歯科医の重要な仕事の一つだと私は考えています。
介護に於いて、食事の介助と口腔ケアほど時間のかかることはないと思われている方も多いかと思いますが、一度専門家の助けを借りて効率よく行えれば、これほど波及効果の高いものもないと思います。先ず部屋の臭いが変わります。大脳刺激による覚醒効果が見られます。唾液の効果で消化がよくなります。舌苔がなくなり味覚が出て食事が美味しくなります。美味しくなると食べたいものが欲しくなります。何が欲しいのか考えるようになります。食事が楽しくなります。笑顔が戻ります。筋力がつきます。周りの人が嬉しくなります。疲れがいやされます。共に喜び笑い合えるようになります。最近母に接していてつくづく感じます。誰もがこんな気持ちを持てたらよいと思っています。
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